はじめに:ベトナム進出について
ベトナムに進出する日系企業は年々増加している。日系企業のベトナム進出は、日本の経済状況とある程度相関しているように考えられる。
日系企業のベトナム進出時期は、大きく分類して、以下のようなタイムラインとなっている。
- ベトナムが「ドイモイ政策」を導入する前後である1986年から1992年頃まで
→日本国内は高度経済成長期=日系企業によるベトナム進出は多くなかった
- バブル崩壊直後である1994年から1997年まで
→日本国内の経済は縮小=大企業を含めたベトナム進出が増加する
- 2001年以降
→日本経済の長期的な縮小=日系製造業を中心とした継続的なベトナム進出が加速。
日系企業を含めた海外企業によるベトナム進出は、1988年に導入された「ドイモイ政策」が契機となる。しかし、その後5年間での日本からの直接投資認可件数はわずか29件で、建設業、エンジニアリング業、コンサルタント業などが中心であった。この背景には、当時の日本国内が高度経済成長期の好景気が一因ではないかと考えられる。この時期の日本企業は、ベトナムに進出する必要が無かった。
その後90年代に入り、好調だった日本国内経済が縮小し始めた時期と同じくして、1994年8月の村山富市首相(当時)のベトナム訪問あたりから97年前半までが、「第一次ベトナム進出ブーム」と認識されている。しかし、その当時は、製造拠点としての位置付けではなく、外資に開放されることとなった当時8,000万人を擁するベトナムの消費市場への注目が高まった。
そのため、この時期に進出した主な日系企業は、消費財分野では味の素、エースコック(食品)、花王(日用品)、ワコール(衣料)、久光製薬(医薬品)などの内需向け製造業が目立ち、現在においてもなおベトナム国内市場に強いプレゼンスを築いている企業が多い。生産財分野では、日本ペイント(塗料)、JUKI(工業用ミシン)、マブチモーター(小型モーター)、矢崎総業(ワイヤーハーネス)など、耐久財分野では、トヨタ自動車(自動車)、三菱自動車(自動車)、本田技研工業(二輪車)などの車両メーカー、松下電器産業(当時はテレビ)、ソニー(テレビ)などのAV機器メーカーなどが進出し、主にベトナムで最大の経済都市であるホーチミン市に近い南部に拠点を置いた。
アジア経済危機を経た2000年以降にベトナム進出は再度動き始めるが、この時期からは北部への進出が拡大し始めた。外資開放当時のベトナム進出に対する動機には、国内市場を開拓したいという考えが支配的で、ホーチミン市を中心とする南部に進出する企業が多かった一方で、北部に対する関心は南部ほど高くなかった。日系自動車・二輪車メーカーの進出当時、南部ではなく、北部に進出することになった背景には、自社判断というよりは政府からの指導によるものとされている。
しかし、南部への進出が大半を占めていた「第一次ベトナム進出ブーム」から2000年に入る頃までに、
- ベトナム北部でインフラ整備の進行、製造業クラスターの進展
- 製造業にとっての部材調達拠点である中国広東省との物理的距離
など事業環境の変化が好条件と受け止められ、耐久財製造業による北部進出が拡大した。この「第二次ベトナム進出ブーム」は一般的に2000年以降と認識されている。
大型進出案件が一巡した2010年以降の小売業の進出は、再び南部を中心としている。
2022年時点での対ベトナム海外直接投資の出資国数約80カ国で、最大の投資国は韓国、それに、日本、シンガポール、台湾とアジア諸国が続く。投資分野別では、約70%が第二次産業で、約30%が第三次産業、残り数%を第一次産業が占める。
本レポートでは、ベトナムへの進出に関して、概要からメリット、課題など、網羅的に解説する。
なぜベトナム進出が注目されるのか
ベトナムを有望進出先である最大の理由は「現地市場の今後の成長性」で、2位が「安価な労働力」、3位が「優秀な人材」と続いている(2012年に国際協力銀行が日本の製造業向けに行ったアンケートによる)。
ベトナム経済の安定かつ高い経済成長率
ベトナムは1986年に提唱された「ドイモイ政策」により社会主義市場から資本主義市場への転換が行われ、徐々に経済成長が進んだ。そのため、1990年代は高い成長率を維持し、一人当りのGDP が徐々に増加した。2014年には一人当たりGDP が2,000USDを超えて、1990年に比べて、約20倍となった。
- ASEANへの加盟
ベトナムは1995年7月28日に東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟した。加盟後、ベトナムはラオス、カンボジア、ミャンマーに対して積極的にASEANへの加盟を促進した。ASEAN加盟を契機にして、ベトナムは国際経済と深い繋がりを持つことができ、多くの「ASEAN+地域」の協力メカニズムやASEANを中心とした地域自由貿易協定(FTA)に参加することができるようになった。
- WTOへの加盟
ベトナムは1995年1月4日からWTO(世界貿易機関)への加盟申請を行った。WTOへの加盟には加盟国との二国間協議、および多国間協議が必要とされ、実際の加盟までには12年間もの年月を要したが、ベトナムは2007年1月11日をもってWTOの正式加盟国となった。
WTOの二大原則は「最恵国待遇」および「内国民待遇」、つまり、WTO加盟国すべてを輸出入において平等に扱い、さらに国産品と輸入品を同等として扱うことが求められる。これにより、ベトナムがグローバルな自由貿易のネットワークに参加することが可能となった。
若くて豊富な1億人規模のベトナム人口
ベトナムの人口は9,851万人(2021年時点)である。特に若い年齢の人口が多いことで知られており、人手不足の日本企業がベトナムから人材を呼び寄せるケースも多い。ベトナム政府によると、2025年までに人口は1億人を突破する見込みである。
ベトナム現地の人件費は、政府の賃金引き上げもあり徐々に増加している。しかし、他のアジア諸国と比較すると、まだ安価な部類である。特に、都市部ではなく郊外の人件費は安価である。
所得水準の向上と中間層の増加
ベトナムでは所得の中間層・富裕層の拡大が進んでいる。2030 年にかけてベトナムでは中間層が急拡大し、全世帯の49%が中間層となると予測されている。ベトナムの超富裕層人口は2019年から2023年の5年間で31%増加する見通しで、この増加率は世界で最も高い水準となっている。
ベトナムでは間もなく一人当たりGDPが3,000USDを超えようとしている。一般的に3,000USDを超えると国民による家電製品等の購入が急速に進むとされており、ベトナムでも今後消費者の購買力が急拡大していく見通しだ。
ハノイ市、ホーチミン市、ダナン市などの各都市においても平均賃金は大幅に上昇した。ハノイ市の平均賃金は6,205,000VND(2022年8月レートで、約36,000円)、ホーチミン市の平均賃金は6,537,000VND(同、約38,000円)、ダナン市の平均賃金は5,284,000VND(同、約30,000円)とそれぞれ増加している。
これらの都市では農業、漁業、工場の工員といった仕事から、ITエンジニア、金融、事務職などのホワイトカラーの職種に就く人の割合が増えたため、賃金の増加幅が大きくなっている。
一方で、依然として農業・漁業が主力産業となっている地域では、賃金の増加率が2倍程度に留まっている場所もある。都市部と農村部での賃金格差が大きくなっており、特に農村部に住む若者たちが、より高い収入を求めて海外へ出稼ぎに出ていくケースが増えている。
親日かつ日本企業・日本製品への信頼が高い
ベトナム人が東南アジア諸国の中でも特に親日である理由として、以下が挙げられる。
- 日本はアジアで最初に経済発展を遂げ、世界各国に経済進出している技術先進国である。
- 共に儒教の影響を受け文化的に類似しており、日本人は礼儀正しく協調性がある。
- 日本のODA供与額がベトナムで一番であり、多くの日系企業がベトナムに進出している。これらのニュースはテレビや新聞などでよく紹介されている。
- 進出している日系企業が生産・製造する製品の質が高く、安全性への信頼度も高い。ベトナム人の生活に深く馴染んでいる製品もある。例えば、ホンダのバイクが浸透するあまり、バイク自体を「ホンダ」と呼ぶベトナム人は少なくない。また、エースコックのがベトナムで販売するハオハオラーメンは、ベトナムで最も売れている即席めんである。
- ドラえもんやドラゴンボール、コナンなど日本のアニメがベトナムでも人気である。
- 南シナ海全域の領有権を主張する中国と対峙しており、同じく中国からの侵入に悩まされている日本に対しての漠然とした期待や、安全保障上での同盟国のような感情がベトナム国民には芽生え始めている。
ベトナムは東南アジア諸国の中でも日本と文化的に似通っており、多くの日系企業が進出し、経済的にも安全保障的にも利害が一致することの多い両国の関係は、「緩やかな同盟関係」や「自然の同盟関係」と評されるようになっている。
日本企業のベトナム進出動向
外務省による「海外進出日系企業拠点数調査」によれば、2022年現在、ベトナムに進出している日系企業数は、約2,120社、またJETROによる現地商工会所属企業数ベースの調査では約1,973社と、実数にはばらつきがあるものの、概ね2,000社と一般的に認識されている。この進出企業数は、東南アジア諸国においては、タイの約6,000社に続き、インドネシアと同等の規模となっている。
業種別の進出動向
進出企業の業種別内訳では、製造業が約半数を占める(約50%)。次点に商業(約10%)、サービス業(約7%)が続く。製造業が進出し、雇用を創出することによって国民所得が上昇し、そこで発生した内需に対して小売業などのサービス業が進出する事例は、ベトナムに限らず、多くの国の経済発展過程で見られる。タイの場合は、製造業が40%を占め、商業が25%である。インドネシアの場合は、製造業が50%を占め、商業が15%を占める。国内経済の成熟度により構成比率は異なるものの、日系企業の進出段階として、製造業の後に商業が続くことは一般的であるように思われる。
また、日系企業進出時の企業設立形態は、全体の約70%が全額出資、約10%が現地企業との合弁と、全額出資による現地法人設立が圧倒的に多数を占める。合弁として進出し、その後株式を買い入れて単独出資に移行する事例も多い。
ベトナム地域別の進出動向
北部ハノイ市、中部ダナン市、南部ホーチミン市の各市に日本商工会議所が存在している。2020年12月時点では、ベトナム日本商工会議所(ハノイ市)に約800社、ダナン・ベトナム日本商工会議所(ダナン市)に約150社、ホーチミン商工会(ホーチミン市)に約1,050社が任意加入している。
1990年代半ばに住友商事、日商岩井(現双日)など総合商社の進出により工業団地の開発が始まり、南部には味の素(1991年設立)、エースコック(1995年事業開始)、久光製薬(1995年事業開始)のような現在でもベトナム人に親しまれる、強いブランド力を持つ企業が進出した。北部では、1990年代後半に入り本田技研工業(1997年事業開始)やヤマハ発動機(1998年事業開始)のような二輪車製造業が相次いで進出したことにより、関連部品サプライヤーによるクラスター化が見られるようになった。
北部におけるこのような製造業クラスター化はその後2000年代のプリンタ製造業において顕著になり、キヤノン(ハノイ市・Bac Ninh省、2001年設立)、ブラザー工業(Hai Duong省、2007年事業開始)、京セラドキュメントソリューションズ、富士ゼロックス(ともにハイフォン市、2012年事業開始)などの主要メーカーがハノイ市からハイフォン市に至るまでの国道5号線付近に進出したことにより、サプライヤーである電子部品メーカーやEMS(電子機器受託生産)メーカーなどの企業・業態を呼込むことにつながった。このような製造業クラスター化は南部ではあまり見られない動きで、北部特有の産業構造となっている。
一方、GDPの約20%を占めるホーチミン市を抱える南部はヤクルト本社、日清食品、日本ハムなどの食品飲料品メーカー、衣料メーカー、ロート製薬など医薬品メーカーなど内需を対象とした消費財メーカーの進出が目に付きやすいが、北部のように集積化された産業構造にはなっておらず、原材料調達から完成品生産までの多くの製造工程が自社内で完結しやすい企業や業種の進出が多く見られる。
製造業に続く割合である商業の進出に関しては、南部で活発に展開されており、24時間営業体制のコンビニエンスストアは南部ではファミリーマート(日本)、GS25(韓国)、Circle K(ベトナム)などの出店が見られるが、北部ではほとんど動きがなく、同業種でも地域により差異が見られる。
このような地域的差異は、ベトナム国内において特に珍しい事例ではなく、店舗展開を必要とする業種において、北部ハノイ市と南部ホーチミン市を含めた全国展開が必ずしも主流というわけではなく、北部か南部のどちらかでのみで事業展開し、他方には事業展開しない国内企業、海外企業が多く見られる。このような動態は小売業や飲食業において顕著に見られるが、国内タクシー業界においても、首位のMai Linh社(本社ホーチミン市)は南北で事業展開する一方で、2位のVinasun社(本社ホーチミン市)は南部のみを事業範囲としている。
また、若年層を対象とした国内ブランドアパレルチェーンYody社(本社Hai Duong省)は、2014年の1号店開店から2021年11月時点で国内185店舗を展開するまでに事業を拡大しているが、大多数の店舗を北部で出店しており、南部ホーチミン市内への出店数は5店舗のみとなっている。同様に、ベトナム家電小売業において上位3社に入るDien May Cho Lon社(本社ホーチミン市)は2022年7月時点で94店舗を出店しているが、中部以北への出店はない。
このように、ベトナムにおいては、事業拡大が必ずしも全国展開を意味しているわけではないと言える。
中小企業の進出動向
ベトナムに進出する企業の約52%が中小企業である(JETROによる2019年の調査結果)。各種調査により母数の差があるが、進出日系企業の半数以上は中小企業で構成されている。これは「第一次ベトナム進出ブーム」と2000年代初頭の「第二次ベトナム進出ブーム」により、自動車・二輪車メーカーや家電メーカーなどの大型進出案件がすでに一巡し終わっていることによる見方が強い。また、進出企業に対する環境面では、工場設立に巨額の投資を行う必要がない日系レンタル工場の増加や、サービス業による進出増加も中小企業の進出負担を軽減する役割となっており、中小企業による進出割合を引き上げている。
また、中小企業に関してはEPE(Export Processing Enterprises)制度を活用する企業も存在する。EPE企業とは、「輸出加工区内(または工業団地内、経済区内)で設立され、操業し、生産品をすべて輸出する企業」と定義され、生産される製品をベトナム国内に供給することなく、全数輸出することを前提とする企業に対する優遇措置を指す。この制度により、部材に対する輸入関税やVAT(付加価値税)、生産品に対する輸出関税が免税となるため、ベトナムで生産することにより加工費の削減を行いたい金属加工などの中小企業に活用されている。
消費者市場における日本企業の進出
ベトナムの消費者市場を取り込むために進出した業態では、食品メーカー、医薬品メーカー、日用品メーカー、小売業、飲食店などが多く進出している。
即席麺メーカーであるエースコックは、日系企業の中では時期的にかなり早い1993年に進出、1995年に市場参入した。2021年時点で年間70億食とされる国内市場規模において、市場シェア約50%の最大手企業に成長し、国内7拠点、11工場で生産している。
医薬品メーカー久光製薬は、1994年に現地法人を設立し、翌年からホーチミン市に隣接するドンナイ省の工場で生産を開始した。主力商品である「サロンパス」はベトナム国内で高い認知度を誇っており、湿布自体を「サロンパス」と認識しているベトナム人も多い。久光製薬のベトナム拠点は、2006年からは東南アジア各国への輸出拠点としても位置づけられる重要拠点となっている。
サッポロビールは合弁企業として2011年にホーチミン市に隣接する南部ロンアン省に工場を建設し、2012年から南部を中心に営業活動を行ってきた。その結果、自社調査におけるホーチミン市内での認知度は98%に達し、日本を代表するビールメーカーとして位置づけられている一方で、業績改善に時間を要したが、2018年に初の黒字を計上することとなった。
小売業では、イオンは2008年にベトナムに駐在員事務所を設立した。6年後の2014年にベトナムでのイオンモール1号店であるセラドン・タンフー店(ホーチミン市)を出店した。2022年現在では、ホーチミン市とハノイ市に各2店舗、ビンズオン省、ハイフォン市に各1店舗の全6店舗を展開し、2020年度の売上は約14兆3,000億VND(約800億円)となっている。
このように、ベトナム進出黎明期である1990年代前半に進出した企業は、消費者市場においてすでに安定的なブランドとして確立する傾向が強いように思われる。
ベトナム進出のメリット
本章では、ベトナム進出のメリットを挙げる。
ベトナム市場の今後の成長性が高い
ベトナムの消費市場は、2050年の長期にかけて成長することが見込まれている。先述した通り、ベトナムは国民所得が大きく増加している国である。加えて、ベトナムでは副業が盛んであるが、その副業で得た所得はあまり申告されておらず、統計には表れないとする見方もあり、統計以上にベトナム人の所得は高いという考えも指摘されている。
また、ベトナム人の消費に対する価値観にも変化が見られる。値段の安さだけでなく、品質や安全性、衛生面を重視する消費者が増加しており、以前よりも高価な商品が売れやすくなりつつある。
中間層と富裕層が拡大しつつあるベトナムでは、消費市場の成長性が大きく、小売分野での外資参入が多くなってきている。
優秀な人材が豊富に存在・優秀な若年労働者
ベトナムが進出先として有望視されている理由として、若くて安価・豊富な労働力が挙げられることが多い。JETROの調査によると、近年のベトナムは以下のような評価を受けている。
東南アジア教育大臣機構(SEAMEO)と国連児童基金(UNICEF、ユニセフ)が公表した東南アジア初等教育学力指標(SEA-PLM)2019では、ベトナムは読解、筆記、数学の各項目で第1位となった。(参加6カ国:ベトナム、ラオス、ミャンマー、マレーシア、カンボジア、フィリピン)
国際数学オリンピック2020(高校生対象、参加105カ国)では、ベトナムは獲得メダル数で105カ国中17位となった。日本は18位であった。
アジア太平洋放送連合(ABU)が主催する、アジア大洋州地域の大学対抗のABUアジア・太平洋ロボットコンテスト(ABUロボコン)においては、第1~18回(2002~2019年)の優賞回数では、ベトナムは中国を抑えて第1位である。
市場経済が導入されているが、国家体制は社会主義であるため、教育の均等な普及には注力している。また、JETROがASEAN9カ国(ベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマー、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン)の進出企業に対して調査する「経営上の問題点」に対して、「従業員の質」と回答した企業の割合が、ベトナムはシンガポールに次いで少なかったという結果が出ている。
モダントレードが発展
ベトナムでは、コンビニやスーパーに代表される現代的な小売形態、「モダントレード」が発展している。
小売分野は、最終消費者に接する最終流通段階により「トラディショナルトレード」と「モダントレード」に大別される。ベトナムのトラディショナルトレードは、主に国内各地域に設置されている伝統的な「公設市場」と、日用品や食料品を販売する「パパママショップ(零細商店)」を、モダントレードはスーパーマーケット、コンビニエンスストア、ショッピングモールなど近代型商業施設を消費者の最終購入場所として分類した流通形態を指す。
ベトナムの場合は、2020年時点でトラディショナルトレードとモダントレードの比率が74%と26%であるとの見解が商工省から公表されている。生活環境の変化や企業による小売業新規参入などの要因により、この割合はモダントレード寄りに変化し始めているが、全体的には依然としてトラディショナルトレードが小売業態の中心となっている。
都市単位で考えると、国内2大都市であるハノイ市とホーチミン市は他の省市よりは近代型商業施設が多く店舗を構えているため、モダントレード比率が高いことが想定されるが、この2都市間でも例えばコンビニエンスストアの店舗数やブランド数ではホーチミン市が圧倒的に多いため、ベトナム国内ではホーチミン市のモダントレード比率が最も高いと推察される。それでもベトナム国内全体としては、モダントレード15%~25%、トラディショナルトレード75%~85%で、依然としてトラディショナルトレードが主流ではある。
治安がよく政権が安定している
ベトナムは治安が良く、政権も安定している。ベトナムの政治体制は、共産党総書記、国家主席、首相による集団指導体制による国家運営が実施されている。政策は共産党大会で5年毎に設定され、年2回開催される中央委員会全体会議で調整される。
ベトナムは貿易と投資を軸とし、ベトナム経済を世界へ開く国際強調政策を推進している。
主な政策は以下の通りである。
- 1995年対欧州経済・貿易協力協定を締結、ASEAN加盟
- 1996年CEPT/AFTA協定加盟
- 1998年APEC加盟
- 2007年WTO加盟
- 2015年環太平洋戦略的経済連携協定TPP参加、AEC(ASEAN経済共同体)発効による域内関税撤廃
などの国際連携を通じて、世界各国との貿易・投資関係を深め、一貫して事業環境の改善に努めている。
2019年2月に駐ベトナム日本国大使が公表した「ベトナム治安情勢」の「3治安・交通情勢」によると、ベトナム国内の治安状況は以下のように評価されている。
ベトナムにおける一般犯罪
全国犯罪統計はなく、数値的にベトナムの治安情勢を計ることは困難。体感的には、日本並みとはいかないまでも、治安は概ね良好。ただし、交通事情は非常に悪い。
犯罪発生件数等について公表することが、効果的な防犯や国民の意識啓発に資するという意識はない。
犯罪統計を一元的に管理するシステムがなく、公安も実際の数値を把握できていない。発表された統計値も信頼できない。
そもそも、被害届を出したとしても、犯人検挙や被害回復に至る可能性が低いため、公安に犯罪を届けない。(例:公安は被害届を受理しようとせず、紛失事案として処理する傾向。)
ベトナムにおけるテロ
イスラム過激派テロ組織はなく、事件発生もない。
ベトナム共産党と中国共産党の違い
ベトナムの政治体制は中国と同様に、共産党による一党支配であるが、同「6ベトナムと中国の相違点」において中国における共産党体制との大きな相違点として、以下のように評価されている。
- 集団指導体制、南北のバランス(中国:独裁)
- 緩やかな愛国主義(中国:中国の夢、ナショナリズム喚起、AIIB、一帯一路、強国宣言)
- 言論・報道の自由に対する緩やかな規制・検閲(中国:言論・報道の自由に対する厳格な規制、検閲)
- 人権、宗教の自由に対する緩やかな規制(中国:人権派弁護士逮捕、宗教弾圧)
- 少数民族文化の尊重(中国:同化政策、新疆ウイグル、チベット弾圧)
- 国有企業民営化(中国:国家資本主義強化)
- 行政改革、人事改革(中国:党の権力強化)
- 説得による土地収用(中国:有無を言わせぬ土地収用)
と評価されている。
ベトナム進出における課題やリスク
ベトナム進出に関する課題やリスクとしては、「人件費の高騰」、「法制度の未整備」、「原材料・部品の現地調達の難しさ」が挙げられる。
JETROが実施している「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査(2016~2018)」では、ベトナムの投資リスクとしては、「人件費の高騰」、「法制度の未整備・不透明な運用」、「税制・税務手続きの煩雑さ」、「行政手続きの煩雑さ」、「インフラの未整備」が主に現地の日系企業から挙げられた。特に人件費の高騰は、上記調査において3年連続で1位の回答率となっている。
ベトナム進出に必要なデータや統計が少ない
ベトナムは概して統計データが少なく、もしあっても精度が低い場合も見られる。
ベトナムにおいて、国内公的統計データを取扱う政府統計機関が統計総局(GSO)で、海外直接投資に関するデータは計画投資省が担当している。その一方で、業界団体の未整備や活動の停滞などにより、各業態の動向や統計を掴むことが難しくなっており、近年では政府もその整備に乗り出している。
ベトナム統計総局が行った2021年経済統計では、2020年12月末時点で企業活動を行っている企業数が約70万社となっている。うち、第一次産業が約1%、第二次産業が約65%、第三次産業が約35%となっている。また、海外企業が約25,000社であるため、約95%を占める約66万社が国内資本企業となっている。
2021年8月に政府が公表した中小企業識別基準によると、社会保険加入済み従業員数、年間売上額、資本金により、零細企業(Doanh nghiệp siêu nhỏ)、小企業(Doanh nghiệp nhỏ)、中企業(Doanh nghiệp vừa)に分類されることとなったが、約75%(約53万社)が年間売上高30億VND以下と分類される零細企業、約25%(約17万社)が年間売上高2,000億VNDと分類される中・小企業、約1%(約1万社)が大企業で構成されている。このように大半の企業が小資本で経営されており、同業他社間の連携などが比較的脆弱な環境となっている。
2021年12月、国内調査会社ベトナム・リポートが、売上高、純利益、資産額、従業員数などに基づく「2021年版ベトナム大企業ランキング」を発表した。それによると、上位10社は以下のようになっている。
1位 | サムスン電子ベトナム(電子、韓国) |
2位 | EVNグループ(電力) |
3位 | Petro Vietnam(石油・ガス) |
4位 | Viettelグループ(通信) |
5位 | Vingroup(不動産・商業・製造業など) |
6位 | Agri Bank(金融) |
7位 | Petlimexグループ(石油) |
8位 | BIDVグループ(金融) |
9位 | The Gioi Di Dong(商業) |
10位 | Vinacominグループ(石炭) |
1位であるサムスン電子ベトナムはこの大企業ランクで5年連続1位を維持する突出した存在となっており、2021年度売上高は742億USDと、2021年GDP約3,600億USDの約20%を創出する存在となっている。一方でそれ以外の企業に関しては、国内において公益性が強い企業が多く、5位の国内最大手コングロマリットであるVingroupでも2021年のグループ全体売上が約60億USD、9位の国内最大手デジタル機器・家電販売小売業であるThe Gioi Di Dongで2021年のグループ全体売上が約22億USDと、売上が日本円で1兆円規模に到達している企業がほとんどない。そのような小資本の企業が多く存在しているため、産業別業界団体等への加盟、運営、広報活動も活発とは言えず、各業界に関する実情が見えにくい構造になっている。また、このような企業間連携の脆弱さが製造業を中心とする産業基盤の脆弱さにも直結していると政府も認識しており、政府は2017年に商工省の管理下で「ベトナム裾野産業工業会(VASI)」を発足させるなど、業界団体の整備を行っている状況にある。
国内2,000社以上と言われるプラスチック業界の業界団体であるベトナムプラスチック工業会には住友重機械工業プラスチック機械部門や東洋紡なども加盟企業となっているが、2018年以降情報更新がされていない。
素材・裾野産業が未発展
ベトナム進出後に顕在化しやすい問題点は、素材や原材料の現地調達である。先述したJETROが実施している「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」でも明らかになっている。
ベトナムでの製造加工を目的として進出したが、部材を国内調達しようにも、品質的に要望仕様を満たせる部材が現地で調達できないため、日本や他国などから輸入せざるを得なくなり、進出前に計画していた採算性を維持することが困難になる事例もある。
この点は製造業の産業発展において、中国とベトナムの大きな相違点で、中国が「世界の工場」として日本や欧米メーカーの下請け加工を担っていた90年代後半に、中国国内メーカーは発注企業からの要望に対応するため、企業の選別や技術の蓄積が進んだ。その経験や技術力を基に、付加価値が低い下請け的位置付けから脱却して、自社ブランド製品を供給できるまでに生産性や技術力がボトムアップされてきたため、中国に進出した日系企業は70%程度の部材を中国国内で調達できるようになった。
その一方で、ベトナムは中国に代わる製造拠点として多くの海外企業が進出してきたが、ベトナム国内企業に対する技術の展開などが進んでいないため、国内部材調達率が40%以下に留まっており、また、その調達率も実際にはベトナム国内に進出している海外メーカーから調達している割合も含まれているため、実際の現地調達率は20%程度とも言われており、進出企業は国外や国内の海外メーカーから部材を調達せざるを得なくなっている。そのため、ベトナム国内メーカーは技術や生産性が上がらず、付加価値が低い生産から抜け出せない状況になっている。この部材調達率に関しては、日系企業特有の課題ではなく、韓国企業など他国企業にとっても大きな課題となっている。
法整備が曖昧で不明確な部分がある
ベトナムの不透明な法規制も進出企業がよく問題視する課題となっている。具体的な取扱が定められないまま、性急に施行された法規則が数カ月後に停止するなどの事例もあり、進出企業が不明瞭に変化する法規則の対応に追われるなどの影響を受けることも多い。
また、ベトナム進出した日系企業が直面する課題には、進出手続きを行う計画投資局や輸出入を管理する税関総局などによる、行政への申請や手続きの煩雑さへの対応も課題となっている。成立した法律の対象は国内全省市であっても、実務や運用に関しては省市により異なりがあったり、同一省市の行政組織であっても、担当者により判断、運用が異なることも頻発する。
その上、行政に提出する資料類も多く、その準備や行政当局による承認が得られるまでにかなり多くの時間と労力を費やさざるを得なくなる状況も発生する。そのような行政手続きの煩雑さに対して、改善すべき課題と感じている日系企業も多い。
これに対して、政府は2021年7月に「2021~2030年の国家行政改革基本計画」を公布した。現在のベトナム政府には18の中央省庁、4の専門機関、8の政府直属組織があり、地方行政組織を含めると、職員数は約25万人となっている。国家行政改革基本計画において、2030年までに政府組織や省庁の地方行政組織などまで含めたスリム化に動き始めている。
インフラ整備が遅れている
ベトナムのインフラは依然整備が遅れている状態である。
道路
ベトナムの道路行政は担当行政単位により、政府が管理する国道、省が管理する省道以下、県道、村道、町道などで構成されている。現在ベトナム国内には約120本の国道、地方道があるが、国道の平均速度は時速50㎞で、全体的に道路幅が狭く、世界銀行の統計によれば2007年時点で国内全道路の舗装率が約50%と整備が不十分であるために、陸路交通に支障をきたすことが多い。
高速道路は2010年に全長50㎞のホーチミン市-Trung Luong(Tien Giang省)間高速道路が国内初の高速道路として開通し、運輸省の公表によれば2021年6月時点で1,163㎞が完成、2023年までにさらに916㎞を投資し、2030年までに高速道路5,000㎞を目標としている。
また、ハノイ市から放射状に延伸されている高速道路網、南北交通の要所となっているダナン市-Quang Ngai、ホーチミン市を起点とする数本が点在する形となっているが、ハノイ市からホーチミン市への南北高速道路の全線開通は2025年とされている。
物流面では、2019年の国内輸送における輸送量ベースの輸送モード別割合では、道路約80%、水運約15%、海運約4%、鉄道約1%、空運0%となっており、輸送貨物量が増加傾向にある現在では、国内輸送改善において高速道路開通は不可欠な状況が続いている。
鉄道
2020年時点では、国営企業であるベトナム鉄道公社が国内における唯一の鉄道運営事業者であったが、着工から10年を要した2021年にハノイ市に旅客用としてハノイ都市鉄道2A号線が1路線開通したことにより、国内鉄道が2種類に増加した。2022年現在、ハノイ市では3号線を建設中で、2022年内の部分開通、翌2023年の全面開通を計画しており、将来的には全10路線の運行を計画しているが、計画通りには進んでいない。
一方ホーチミン市においても、高速都市鉄道8路線、路面電車1路線、モノレール2路線を整備する計画で、2012年に1号線建設着工に入ったが、2022年現在まだ開通しておらず、開業は翌2023年にずれ込む見込みとなっている。
物流面における鉄道の活用は国際輸送が中心で、2020年の輸送量は約50万トンとなっており、わずかながら増加傾向が見られる。
港湾
ベトナム港湾協会が公表する国内79港湾の統計によると、2020年の取扱貨物量は4億トンで、全体の約60%を南部が占め、約30%を北部、約10%を中部が締める構成になっている。コンテナ取扱量は約1,700万TEU(20フィートコンテナ換算によるコンテナ数)で、南部が全体の70%以上、北部は約20%、中部は10%以下となっている。港湾別ではホーチミン市のサイゴン新港が取扱貨物量の24%、コンテナ取扱量では37%を占めている。
年々増加する貨物取扱量に対して、主要港湾であるハイフォン港(ハイフォン市)、カトライ港を最優先として整備を急いでいる。
ベトナム経済の成長性と今後
2022年のベトナム経済成長の予測については、多くの国際機関、金融機関が大きくプラス成長するという予測を出している。以下で解説していく。
世界銀行
世界銀行は、2022年のベトナムGDPは+6.5~7.0%成長すると予測している。世界銀行によると、ベトナムのロックダウン、社会隔離等の施策が功を奏し、2021年の終わりにかけて新型コロナ感染が落ち着きを見せ、2022年では経済の回復が見られると予測している。またアメリカ、欧州連合、中国へのベトナムからの輸出が回復・拡大すると見込まれており、さらに2022年台半ばまでには、人口の70%に対するワクチン接種が実施され、コロナが抑制されると考えられている。
アジア開発銀行
アジア開発銀行は、2021年9月に発表した「アジア経済見通し2021年版(Asian Development Outlook)」の中で、ベトナム経済のGDPは2022年に+6.5%成長すると予測している。この予測は、2021年の経済成長の見通しが2021年初期に予想されたよりも落ち込むこと、一方で2022年には経済が回復することによるものである。
ベトナム進出を成功させるポイント
本章では、ベトナム進出を成功させるポイントを考察していく。
情報収集(ベトナム市場調査)を入念に行うこと
ベトナム市場調査が必要である理由は、ベトナム市場特有のリスクを事前に回避し、ベトナムでの事業展開を行うためのロードマップ・アクションプランを明確にするためである。
日本国内での成功事例を横展開してもベトナム市場で必ず成功するとは限らない。当然のことながら、ベトナム市場の環境は日本市場とは全く環境が異なる。以下ではベトナム市場調査の必要性を列挙した。
ベトナム市場調査の必要性①:ベトナム市場は環境変化が激しい
急速な経済発展が続くベトナムでは市場環境の変化が激しい。日本のように成熟した国では産業構造や業界構造が確立しており、法整備も進んでいるため、社会の変化にも限度がある。既得権益の関係も固定的である。
ベトナムを含め、アジアの新興国は市場の環境変化が非常に早い。ベトナムでは法規定や制度も未熟な部分が残っており、ベトナム政府は頻繁に法規定を改正する。ベトナムの業界構造も著しく変わり、企業プレーヤーの勃興も激しい。
日本国内からアクセスできるベトナム市場の情報は現状では少ない。インターネット検索から取得できる情報も新しい情報かどうか、信頼できる情報かどうか見定めなくてはいけない。
市場調査を通じて、ベトナム市場の最新動向を正確に把握する必要がある。
ベトナム市場調査の必要性②:ベトナム消費者の嗜好は日本と異なる
ベトナム消費者の嗜好は日本の消費者とは全く異なる。
ベトナムでは急速な経済発展に伴って、所得水準も急増している。中間層や富裕層が増加していることから、消費者の嗜好や消費行動も変化しやすい。ベトナム消費者の感覚も日本人とは異なる。
例えば、以前ある日本の食品メーカーがベトナムの富裕層向けに自社製品を販売するために、ベトナム消費者にその製品を見せたところ、包装形態がベトナム市場では一般的ではないタイプであったために、多くの消費者に「お菓子の袋」だと勘違いされたことがあった。
ベトナムは南北に長く、地域ごとの特性や特徴も異なる。また、都市部と農村部の発展の差は想像以上に大きい。都市部ではスーパーマーケットやショピングセンターでの購入(近代的な小売形態:モダントレード)を好む消費者が多い一方で、農村部では伝統的市場やパパママショップ(伝統的な小売形態:トラディショナルトレード)が好まれる傾向が強い。
ベトナム市場調査を通じて、ベトナム消費者の嗜好や消費行動を事前に明確に知ることができる。
ベトナム市場調査の必要性➂:社内での承認手続きのため
ベトナムでの市場調査を行わないと、後々ベトナム事業の重要な局面で意思決定できない事態に陥る場合がある。
実際のところ、ベトナム市場調査を実施しない日本企業は多い。勿論、各社の方針次第であり、絶対的に必要ということではない。市場調査よりも、ベトナム現地パートナーの探索や販売をすぐに行いたい企業様も多い。また、ベトナム企業のM&Aに当たっては市場調査を行わずに、すぐに案件の検討を行いたいケースも多い。
ベトナムでの事業展開や投資、企業買収の意思決定をする際に、市場調査を行っていないと、なかなか意思決定ができないことが懸念される。社内の上層部で承認をとるためにも、市場環境やリスクを担当者自身が把握し、説明しなければならないからだ。
ベトナム市場調査の必要性➃:ローカル市場への理解を深めるため
ベトナムでの事業を成功させるための最も重要な要素は「ベトナムのローカル事情を攻略すること」であると筆者は強く確信している。
インターネットでの情報や企業との会議からは見えてこない現地の事情を理解することが重要である。ベトナム政府が公表する統計やデータも簡単に鵜呑みにしてはいけない。時に汗をかいて泥臭く、現地で情報収集しなければならないこともある。
例えば、過去の事例では、ベトナムの廃棄物市場での事業展開を検討されている企業様向けに、弊社の調査員が現地エリア内のゴミ処理施設について1件ずつ現地調査を行ったこともあった。
また、商業施設の開発を検討されている企業様向けには、商圏に居住する消費者の所得水準や消費行動についてインタビュー調査を行ったこともあった。ベトナムでは統計が入手できないケースが多々あるためだ。
ベトナムの地方でのビジネスでは特に注意が必要である。ベトナムの地方政府(人民委員会)に問い合わせをしたり、統計の請求をしたりしても、正確な情報が提示されないケースもある。以前、ベトナムのある省政府に企業に関する統計を問い合わせたところ、全く更新されていない数年分のデータが提供されたこともあった。日本のようにきちんと統計が整備されていることは多くない。
ベトナム市場調査を検討されている読者の方は、ベトナム進出・事業展開の初期的な段階に位置すると想像している。
有望なベトナム現地パートナーを探索すること
ベトナム進出の方法は様々だが、いずれにしても有望な現地パートナーと協力することが非常に重要である。事業の内容はもちろん、今後の発展の方向性が一致していることや、企業文化、決裁者・担当者のマインドなど、自社と相性が良いかを確かめるべき事項は多くある。
ベトナム販売戦略の課題の洗い出し
既存の代理店を通じた販売展開における課題を洗い出す必要がまず初めに必要である。多くの日本企業の場合、ベトナム現地パートナーにマーケティング活動を任せっきりであるケースが多い。具体的には以下のような課題を抱える場合が多い。
- 現地パートナーにプロモーション活動やマーケティング活動は任せっきりであるためが、十分な成果が得られていない
- 現地の規制対応・申請許可は現地代理店に任せている状況である
- 自社(日本企業)の商品が本当にベトナム消費者の嗜好に合致しているかわからない
- 既存の代理店は販売チャネルが限られており、別の代理店を探索することも検討している
- 既存の現地代理店とは独占契約を締結しているかまずはチェックする必要がある。独占契約を締結していない場合、新たな現地パートナーを探す余地があるからだ。
ベトナム市場向けに新たに商品設計ができるか?
自社(日本企業)の製品がベトナム市場向けに製造されたものか、または日本市場向けに販売された製品をベトナムに輸出しているのか確認する必要がある。または、現在は日本市場向け製品をベトナムに輸出しているが、今後、ベトナム市場向けに商品設計を新しく行うことができるかが重要なポイントになる。厳密には品目によっても異なることであるが、日本人の思考とベトナム人の嗜好は異なるケースが非常に多い。
日本市場では一般的な包装方法、成分、訴求メッセージであっても、ベトナム消費者には全く魅力的ではなかったケースが多い。
ベトナム市場展開に関する自社(日本企業)の方針を再確認
ベトナム市場での展開に対して、どのような方針を立てているか今一度立ち止まって考える必要がある。短期的にベトナム市場を見ている場合、新たにベトナム市場向けに商品設計を行う必要性は薄いだろう。一方で、長期的にベトナム市場での販売を拡大していくことが方針であれば、ベトナム市場向けに新たに商品設計を行うことは有効な選択肢になる。
ベトナム消費者のニーズを把握することが最重要
ベトナム市場での長期的な展開を検討している場合、真っ先に行うべきことはベトナム消費者向けの市場調査である。ベトナム消費者向けに定量インタビュー調査、ベトナム消費者・有識者・業界関係者へのヒアリング調査(デプスインタビュー)を行うことが強く推奨される。
自社(日本企業)の製品を消費者に試用してもらい、フィードバックをもらうことがポイントになる。ベトナム消費者のニーズが明らかになれば、自社(日本企業)製品の効果的な販売チャネル、訴求メッセージ、商品設計、マーケティングチャネルも自然と回答が導かれる可能性が高い。販売戦略が明確になった後、自社(日本企業)で不足しているリソースも同時に明らかになり、その不足リソースを補う現地パートナーを探索すればよい。ベトナム消費者を理解することが結果的に、効果的な現地パートナーの探索につながる。
ベトナム販売戦略の見直しも時に必要である
ベトナム進出において、現地代理店を経由した販売展開にはメリットもある一方で、デメリットもある。自社(日本企業)の方針として、ベトナム市場を重視する場合、現地代理店に任せっきりではなく、自社(日本企業)がベトナム市場と消費者を十分に理解することが本質的に重要である。現地代理店の見直しについても、まずはベトナム市場と消費者への情報収集を行うことから初めていくことが理想の姿だ。
ベトナム現地の商習慣やコミュニケーション方法を理解すること
ベトナムにはベトナム特有の商習慣やコミュニケーションの作法が存在する。例えば、以下の通りである。
- 強力なトップダウン
ベトナム企業は、規模を問わずトップダウンが強い傾向がある。そのため、ベトナム企業を動かす・説得する際には、社長や会長といった企業のトップ、大企業なら事業のトップなど、決裁者と直接話すことが望ましい。
- 意思決定が早い
強力なトップダウンのメリットの一つとして、意思決定が早いという特徴がある。日本企業では根回しから始まり、複数の会議を通してようやく承認が得られることが多い。そのため、ベトナム企業と協業する際には、意思決定のスピードを可能な限りベトナム企業に合わせる努力が望ましい。
- コンプライアンスに甘い
特にベトナムの中小企業において、二重帳簿は珍しくない。手口は様々だが、日本の感覚からすると非常に大胆な脱税が見られる。特にベトナム企業を買収、出資する際には十分に監査をし、解決方法・落としどころを協議する必要がある。
- ベトナム語でのやり取りが重要
ベトナムでは教育需要の高まりから、若い世代を中心に英語が話せる人材が増加している。そのため、ベトナム企業の一般担当者とは英語でコミュニケーションを取る外資企業が多い。一方で、重要な役職に就いている中年層以上には、英語話者がそこまで多くない。決裁者とのコミュニケーションですれ違いが生じることは大きなリスクであるため、ベトナム語でコミュニケーションが出来る体制構築は非常に重要である。
ベトナム進出コンサルタントの活用
ベトナム市場調査をサービスとして提供する市場調査会社やコンサルティング会社は多く存在する。そのような会社に相談、サービスを利用することはメジャーな手段である。普段から付き合いがある調査会社や、紹介を受けた会社など、選定状況(相見積り先)は様々であろう。
根本的なことであるが、ベトナム市場調査の経験やノウハウ、過去の実績、現地事情への精通、現地ネットワークを加味して選定する必要がある。特にチェックしていただきたいことが以下の3点である。
・ベトナム現地でのネットワークの有無
ベトナム民間企業、政府機関にネットワークが十分にあるか確かめて欲しい。調査会社のブランドではなく、ローカルのネットワークを持ち、どれだけ深い情報が取得できるかがポイントとなるからだ。
過去の調査事例が多かったり、M&Aを提供していたりする会社は、ベトナムの民間企業の経営者層ともパイプがあることが多い。先述の通りトップダウンで動くベトナムの商習慣において、現地ネットワークは何よりも重要な要素である。
・ベトナム市場に詳しいか
当然のことながら、ベトナム市場への理解、知見が市場調査の質を大きく左右する。ベトナム関連のセミナーをいくつか聴講することで、判断しやすくなるだろう。
ブランドがある会社、知名度がある会社、過去の実績が豊富な会社でも、調査結果の質は調査業務を実施する個人のメンバーの能力次第である。市場調査の業務担当するマネージャー、コンサルタント、調査員、アナリストの経歴や過去の実績、ベトナムへの理解など、支援の体制を発注前によくチェックして頂きたい。サイトのチェックやオンラインMTGはもちろん、オフィスに訪問することも有効である。
・実施体制の詳細
候補企業そのものではなく、実際に調査にあたるチームの規模を確認することも重要である。従業員数の多い大企業でも、実際に市場調査・サポートに携わるのは2~3人だけというのは珍しくない。企業そのものの規模でなく、実際に調査にあたる人員の数や経歴を確認すべきである。
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