はじめに:ブロックチェーン大国ベトナム
ベトナムは世界でも最も仮想通貨の取引経験がある国の1つだ。筆者の周りのベトナム人でも仮想通貨を取引する若者は非常に多い。仮想通貨の口座開設や取引は現状では誰にでもできることではない。ある程度のITリテラシーと踏み込む勇気が必要だ。しかし、いともたやすく暗号通貨取引所「バイナンス(Binance)」を通じて取引をするベトナム人を見ると、今後、ベトナム経済を後押しするのはブロックチェーンを始めとするデジタル経済なのではないかという仮説を信じるようになった。
この記事ではベトナムのブロックチェーン、仮想通貨に関する現状、課題、今後の見通しについて解説した。
ベトナムは世界で最も仮想通貨が普及している国である
調査会社Statistaに調査結果によれば、ベトナムは世界で最も仮想通貨が普及している国の1つである。調査対象となったベトナム人の中で、暗号通貨を使用または所有していると答えた人の割合は21%という結果にであった。これは世界首位のナイジェリア(32%)に次ぐ数値の高さである。
東南アジアの中ではベトナムとフィリピンは仮想通貨の普及率が高いという調査結果もあった。いずれも海外からの送金がGDPで占める割合が比較的高い国である。ブロックチェーンの技術を活用すれば、手数料が高い国際送金を避け、安い手数料に抑えることができる。
ブロックチェーン分析会社チェイナリシス(Chainalysis)は、2020年にビットコイン取引により最も利益を上げた国のランキングトップ25を発表している。ベトナムの取引利益は4億米ドル(約440億円)で世界13位、アジアでは中国、日本、韓国に次ぐ4番手という結果であった。
ベトナム経済の発展とデジタル経済の普及は仮想通貨にとって好条件を提供している。銀行口座の開設率が低く、現金決済が主流であるベトナムであったが、その状況も過去のものとなりつつある。都市部を中心にQRコード決済や電子決済(Moca、Momo、ZaloPayなど)は着実に浸透しており、キャッシュレス化はとまらない。
現状では推定100万人のベトナム人が既に仮想通貨(暗号資産)を使用していると言われている。この数字は2030年までに30倍に増加し、短期的には市場に利益をもたらすと予想されている。
ベトナムで仮想通貨が人気である理由
ベトナムではなぜ仮想通貨の取引が盛んに行われているのか。仮想通貨に対する他国の直近の例を見てみたい。
2021年9月、エルサルバドルはビットコインを自国の法定通貨に採用すると公表した。南米を始め、仮想通貨が普及する国は、自国通貨がそもそも信用されていないという傾向がある。
カンボジアの中央銀行は2020年10月、日本企業のブロックチェーン技術を採用したデジタル通貨の運用を開始した。ブロックチェーンを基盤とする中央銀行デジタル通貨システム「バコン」により、カンボジアのリテール決済と銀行間決済を支えるシステムである。カンボジア国立銀行は、日本のフィンテック企業のソラミツと共同でバコンを開発した。
エルサルバドルやカンボジアは自国通貨よりも米ドルが未だに普及している国であり、金融インフラの整備が進んでいない国であった。一方で、ベトナムはこれらの国と比べれば、自国通貨が十分に普及している国だ。
ベトナムで仮想通貨の使用率が高い理由は不確実性を好む国民性に加えて、仮想通貨の重要なユースケースである送金や金融包摂が受け入れられているからとされている。
ベトナム発ブロックチェーンゲーム、Axie Infinity
実際、世界規模で活躍するベトナムのブロックチェーンゲームも存在する。
近年、ブロックチェーンゲームの登場により、「play-to-earn(ゲームで遊んで稼ぐ)」という概念が世界規模で広がっている。Axie Infinity(アクシーインフィニティ)は、ベトナムの開発企業SkyMavis社によって2018年に初めてリリースされたブロックチェーン・ゲームである。Sky Mavisは、ベトナムのホーチミン市にあるスタートアップ企業だ。
Axie Infinity(アクシーインフィニティ)はポケモンやたまごっちのような可愛らしいキャラクターを通じて戦闘や育成をするゲームである。Axie Infinityの最大の特徴は、成長したキャラクターを日本円や米ドルといった法定通貨に替えることができる点だ。
ブロックチェーン技術の1つであるNFT(非代替性トークン)が使用されており、ゲーム内で発行されるキャラクターの数が制限されている。プレーヤーは自分が育てたキャラクターを転売することもでき、収入を得ることができる。
従来、ゲームをすることは時間や労力の消費になると考えられて来たわけであるが、Axie Infinityの登場により、スマートフォンとインターネットにアクセスできる環境さえあれば、世界中のどこからでもAxie Infinityをプレイして、遊ぶだけでなく、稼ぐこともできる。
Axie Infinity(アクシーインフィニティ)には既に36万人以上の同時接続プレイヤーがいるとされている。ActivePlayer.ioのデータによると、アクティブプレイヤー数はアメリカが3位であるのに対し、その他の国はすべて新興国である。特にプレイヤーの40%はフィリピンに集中している
Axie Infinityは2021年7月以降、フイリピンを中心に人気を博した。ゲーム内で使用されるトークンAxie Infinity(AXS)は2021年7月頃までは400〜500円程度で推移していたが、2021年11月以降は16,000円以上まで高騰した。
ベトナムは2025年までにデジタルガバメントを実現する戦略を発表
ベトナム政府は2021年6月15日、首相決定No.942/QD-TTgを出し、2030年を目指し、2021~2025年のデジタル・ガバメントに向けた電子政府の発展戦略を承認した。
ベトナムのデジタル企業を成長させることを目的として、デジタル・ガバメントのシステム構築をする際には、ベトナム企業が設計・生産した製品、技術、ソリューションの使用を優先すると明記されている。そして、made in Vietnamのサービス、アプリケーションを開発し、海外への展開を目指すものとされている。
ベトナムに優位性がある大きな変革をもたらす技術として、QRコード、人工知能(AI)、ブロックチェーンが列挙されている。ブロックチェーンについて、ベトナム政府は仮想通貨の研究、実用試験を行うとしている。
ベトナムは若く優秀なITエンジニアが多い。日本企業のオフショア開発先として、ベトナムは魅力的である。ベトナム政府はAxie Infinityのような世界規模で競争力のあるブロックチェーン企業を支援し、その数を増やしていく方針である。
ベトナム政府は2025年末までに、電子決済の年間成長率を20〜25パーセントに到達させるという目標を設定している。
仮想通貨はベトナム国内で決済手段としても認められていない
仮想通貨の人気がベトナム国内で広がる一方で、仮想通貨に関する法整備は追いついていない。ベトナムの法律は仮想通貨を法的な支払い手段として言及しておらず、それらを資産または外貨として認識していない。また、マネーロンダリングへの懸念から、ベトナム国内の金融機関に仮想通貨関連へのサービス提供を制限する指示も出されている。
ベトナム政府の公式な見解では、仮想通貨はベトナム国内で決済手段としても認められておらず、金融分野の行政処分に関する政令(第96号/2014/ND-CP)では、違法な決済手段(仮想通貨を含む)の発行・供給・使用に対し、1億5000万~2億VND(約70万~93万円)の罰金を科すと規定している。
また、刑事法第206条には、違法な決済手段の発行・供給・使用について刑事責任を追及する可能性があるとも記されている。
ベトナム法律における仮想通貨の位置付け
ベトナムの法律の下では、暗号通貨は法的財産とも支払い手段ともされていない。特に、2015年ベトナム民法第105条では、「財産とは、物、金銭、貴重な書類、財産権からなる財産。または動産および動産を含むもの」と定義されている。
ベトナム国営銀行法第17条は、ベトナム中央銀行はベトナムの紙幣と硬貨を発行する権利を有する唯一の機関であり、ベトナム中央銀行が発行する紙幣と硬貨はベトナム領土での合法的な支払い手段であると規定している。
さらに、2016年に非現金支払いについて発表された政令No.80 / 2016 / ND-CPの第1条は、「支払い取引における非現金支払い手段には、小切手、支払い注文、回収注文、銀行カードである。」と定義されている。すなわち、違法な支払い手段とは、1条に含まれていない支払手段である。
2017年、ベトナム中央銀行は、ビットコイン、ライトコイン、およびその他の仮想通貨に関する質問に応えてディスパッチを発行する際に、ベトナムにおける暗号通貨の法的地位に関する意見を再確認した。
それによれば、「ベトナムの法律で規定されているように、一般的な暗号通貨、または特にビットコインとライトコインは通貨ではなく、合法的な支払い手段として機能しない」と述べている。
ベトナム中央銀行は、最近になり、銀行カードを発行する組織、中間決済サービスプロバイダー、および外国銀行の駐在員事務所に、加盟店で発生するカード取引を監視、検査、およびチェックして、準拠していないカード取引を防止するように要求する指令を発行している。
いくつか例を挙げれば、ゲーム、ギャンブル、賭け、外国為替ビジネス、証券、仮想通貨またはデジタル通貨に関連する法律の規定である。
ベトナム国内でも仮想通貨による詐欺行為が横行
実際、ベトナム国内でもICO活動(イニシャル・コイン・オフファリング=仮想通貨発行による資金調達)が盛んに行われる一方で、悪質な詐欺も横行している。
仮想通貨に関する犯罪は通貨の盗難、ハッキング、サイバー空間での詐欺等である。2018年、ベトナムのスタートアップ企業であるModern Techは、仮想通貨プロジェクトとイニシャルコインオファリング(ICO)に参加した約30,000人の投資家から約6億6000万米ドルを集めた後、姿を消した。
このような手口はエグジット・スカム(exit scum)と呼ばれるが、その中でもModern Techの事件は当時、世界でも最大規模であった
一方で、ベトナム南部の主要都市ホーチミン市やその周辺の店舗では、店舗の看板に「ビットコイン」の名称やマークをデザインし、仮想通貨での支払いが可能であるとして宣伝しているケースも見られる。
ベトナム社会全体の受け入れ整備が進まない中、仮想通貨は既に国民の間では日常として受け入れられている。
ベトナム中央銀行はデジタル通貨の開発研究に着手
ベトナム政府は2021年になり、仮想通貨の研究に大きな動きを見せた。
ベトナムのファムミンチン首相は、2021年7月、中央銀行であるベトナム国立銀行(SBV)に対して、暗デジタル通貨、号通貨に関するパイロットプロジェクトの作業を開始するよう要請した。ブロックチェーンを基盤としたプロジェクトは、2021年から2023年の間に実施される予定であり、デジタル経済に向けた戦略を策定する政府の計画の一部とされている。
2020年初旬以降、ベトナム政府による仮想通貨への認識は変化しつつある、従前の敵対的なアプローチから柔軟なアプローチへ緩やかにシフトしている、2020年5月、ベトナムの財務相は、仮想通貨とデジタル資産に関する政策を研究するための調査グループを設立している。中央銀行や証券規制当局などもこのグループに参加した。
ブロックチェーンの台頭と国内での人気により、ベトナム政府も無視できない状況となった。隣国カンボジアでは、カンボジア中央銀行がデジタル通貨「バコン」の運用を始め、タイや中国も追従しようとしている。
中国人民銀行(中央銀行)は2021年9月24日に、仮想通貨(暗号資産)の関連事業を全面禁止すると発表した。中国政府はデジタル通貨(デジタル人民元)の導入に以前から取り組んできた。
中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」とは、(1)デジタル化されていること、(2)法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されることと一般的には定義されている。
域内周辺国でデジタル通貨の導入が進む中で、ベトナム政府も対応を迫られた形だ。
ベトナム政府がベトナム国立銀行に対して指示をした仮想通貨の研究テーマは以下の通りと発表されている。
- 仮想通貨への基本的な理解を行うこと
- 現在のベトナムの法律を改正することにより、暗号通貨の存在を認識すること
- ベトナムでの仮想通貨の受容に対して透明性があり、予測可能で、効率的な規制を構築するため
- 市場の高い変動性に関する対応法を構築するため
- 熟練した監督機関を通じて仮想通貨を監視する仕組みを構築すること。仮想通貨市場の状況、新しい通貨の出現に注意を払い、リスクに迅速かつ効果的に対応する準備を行うこと
- ベトナム国内の仮想通貨監督機関に権限を付与すること。具体的には、ライセンスを発行、一時停止、または取り消す権限、商慣行を規制する権限、および疑わしい活動を報告する権限
ホーチミン経済大学のイノベーション研究所副所長であるフイン・フォック・ニャ(Huynh Phuoc Nghia)氏は「ベトナムのキャッシュレス決済は増加傾向にあるが、パイロットの実施によって政府がプラス面とマイナス面を見つけることに役立ち、より適切な管理メカニズムを開発できる。一方で、CBDCの認識は、よりデジタル経済への移行を加速することにも役立つだろう」と述べている。
ベトナム教育訓練省、卒業証明にブロックチェーン導入へ
ベトナム教育訓練省は、シンガポールに拠点を置くスマートコントラクト・プラットフォームのトモチェーン(TomoChain)と共同で、ブロックチェーンに学生の卒業証明を記録する取り組みを開始すると公表した。透明性があり、第3者の意思によって意図的に変更不可能な卒業証書の記録を作成するため、高等学校以上の学生のすべての学習資格をパブリックブロックチェーンにアップロードし、証明をしていく方針である。このブロックチェーンのプロジェクトは、ベトナムでは最大の事例となる見込みで、ベトナム国家レベルで採用されたパブリックブロックチェーンの最初のケースと言われている。
ベトナム14歳画家の描いたNFTアートが2万米ドル超で落札
2021年8月、ベトナムの画家セオ・チューさん(14歳)のNFTアートのオークションが行われ、2万2899USD(約253万円)で落札された。
このオークションで落札された絵は「 The Lucky Apricot Blossoms)だ。チューさんの家族がリースしていたアプリコットの花を買い取ることを希望したが拒否されたため、チューさんが2か月かけてこの絵を描いたという。
ベトナムは東南アジアのブロックチェーン発展を牽引するか
今後、ベトナムが東南アジアのブロックチェーン発展を牽引する可能性も高い。
2021年10月8日から10日にかけてオンラインで開催された「国際ブロックチェーンオリンピック(International Blockchain Olympiad=IBCOL)2021」では、ベトナムから参加した6チームのうち3チームが入賞した。
ベトナム現地報道によれば、ベストオーバーオールソリューションズ賞で銅メダルに輝いたのは、ベトナム最大のコングロマリット企業である、ビングループ(Vingroup)が創設したビン・ユニ(VinUni)大学のチーム「ビファチェーン(ViFaChain)」で、テーマは「クリーン農業のサプライチェーンの源管理のためのブロックチェーンアプリ」であった。
ブロックチェーンの発展はベトナムに限らず、世界的に大きな影響を与える。ベトナムで問題となっている都市部と農村部の格差であるが、Axie InfinityのようなNFTゲームが普及することで、スマートフォンとインターネット環境さえあれば、誰でも稼ぐことができる。日本で働くベトナム人が自国に送金する際も、ブロックチェーン技術を活用すれば、瞬時に直接、送金も行うことができる。
若く優秀なITエンジニアが多いベトナム。今後、ベトナム発のスタートアップ企業が、東南アジアのブロックチェーン発展を牽引する日も近いかもしれない。
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