はじめに
ベトナムの温室効果ガス(GHG)排出量の増加は大きな問題である。世論の影響もありベトナム政府は、CO2等を始めとする温室効果ガスの実質排出0(ゼロカーボン)を2050年までに達成することを宣言した。この目標に向け、ベトナム政府は「カーボンプライシング」を始めとする様々な方策を打ち出している。
その一つとして注目を集めているのはCCS/CCUS技術の活用である。CCSとCCUSは一般にはあまり知られていないかもしれないが、ベトナムだけでなく世界中で注目されている技術である。
本レポートでは、ベトナムにおけるCCS・CCUSの最新動向と今後の見通しについて解説・考察していく。
CCS/CCUSとは
本章では、CCSとCCUSをそれぞれ解説する。
CCSとは、製造業やエネルギー産業から発生するCO2を大気から分離した後、地中の貯留場所に移動させ、大気から隔離するプロセスである。CCSは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略であり、直訳すると「二酸化炭素回収・貯留」である。
CCUSとは、分離・貯留したCO2をコンクリートやバイオ燃料などに変換して再利用することである。CCUSは「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略であり、直訳すると「二酸化炭素回収・有効利用・貯留」である。
再利用の例として、アメリカではCO2を古い油田に注入するというCCUSが行われている。これにより、圧力で原油を押し出しつつ、CO2を地中に貯留することが出来る。
端的に言えば、CO2を大気から分離し貯留することを「CCS」、分離・貯留されたCO2を有効活用することが「CCUS」である。
2020年時点では、世界に65か所の商業CCS施設が存在した。2021年には135か所にまで増加している。米国は、2021年時点で36の施設を有し、世界最大の商業CSS国となっている。
世界各国がCO2排出量削減に積極的に取り組む中で、CSS/CCUS施設は今後も増え続けることが予想される。
ベトナムにおけるCCS・CCUSの動向
今後のベトナムではCCS/CCUS活用の機会が拡大していくと考えられる。ベトナムは2050年までにゼロカーボン(カーボンニュートラル)を達成することを公表し、石炭火力発電廃止に署名、宣言を行った。再生可能エネルギーの導入に関する重要度はますます高まっている。
ベトナム政府が掲げるグリーン成長戦略においても、再生可能エネルギーの拡大や技術開発促進が言及されており、今後ベトナムで注目されると見込まれている技術が、CCSとCCUSである。
2022年8月現在では、ベトナム政府が公表するグリーン政策の中でCCS・CCUSに関する目標・方針を確認することはできないが、ベトナムの石炭火力発電の依存や再生可能エネルギー導入に関しては課題が多いため、今後CCS・CCUSに対する注目は高まると考えられる。
ベトナムでCCS・CCUS技術が有望と考えられる理由
本章では、ベトナムでなぜCCSとCCUSが有望であるかを解説する。
ベトナムは化石燃料に依存している
Our World in Dataのデータによると、ベトナムの化石燃料エネルギー消費量は、2015年の677Twhから2020年に948Twhへと大幅に増加した。ベトナムのエネルギー消費に占める化石燃料の割合は最も大きく、2020年に81%の割合に達した。化石燃料は、CO2排出の主な原因である。そのため、2050年までのカーボンニュートラルを達成するためには、ベトナムは化石燃料からのCO2排出を削減するために多くの政策を実施する必要がある。したがって、CCS/CCUS技術の応用は、有望であると考えられる。
下記のグラフは、ベトナムにおける化石燃料の消費量と全エネルギー消費内での割合を示したものである。2020年には消費量が減少しているが、これは新型コロナ対策のロックダウンで、人の移動や経済活動が停滞したことが原因だと考えられる。したがって、経済が再開した2022年以降の消費量を今後は注視する必要がある。
割合に関しては毎年80%前後となっており、化石燃料に依存していると言える。
2020年に化石燃料の中で、エネルギー消費に占める割合は、石炭が最も高く(約61%)、次いで石油(約29%)、ガス(約9%)となった。
2050年までの国家気候変動戦略の草案
2050年までの国家気候変動戦略の草案によると、エネルギー分野では、天然資源環境省がCO2を含めた温室効果ガス削減のために3つの計画を提案した。
- 計画1:再生可能エネルギーを開発し、2050年までに全エネルギーに占める再生可能エネルギーの割合を73%に引き上げる。
- 計画2: 再生可能エネルギーを開発する。また、2035年以降、炭素回収・貯留(CCS)技術を実施する。
- 計画3: 計画2に関して、石炭火力の代わりに原子力を増やし、2035年以降に実施予定。
ベトナムは、CO2排出量削減のため、2022年から3000トン以上、2030年から2000トン以上、2040年から500トン以上、2050年から200トン以上のCO2を排出する施設について、温室効果ガスインベントリーを実施する。
ベトナムのGHG・CO2排出量は増加傾向にある
Global Carbon projectのレポートによると、ベトナムのCO2排出量は2015年の1億9,300万トンから2020年に2億5,400万トンと大きく増加した。また、アジアにおけるベトナムのCO2排出量の割合も、2015年の1%から2020年の1.3%に増加した。
急速な経済発展に伴い、ベトナムでは今後さらにCO2の排出量が増加と予想される。
アジアにおける一人当たりのCO2排出量は4.4トン程度で、ほぼ横ばいである。しかし、ベトナムの一人当たりのCO2排出量は、2015年の2.1トンから2020年には2.6トンと増加傾向にある。
燃料については、ベトナムでは石炭が最もCO2排出量が多く、年々増加する傾向にあり、次いで石油、セメントからの燃料となっている。
ベトナムでは依然化石燃料の使用が続いており、CO2排出量も多くなっている。今後、ベトナムでは再生可能エネルギーの利用をさらに進めていくことが、CO2排出量削減のために必要である。
ベトナムの産業別CO2排出量では発電が最も多く、次いで製造・建設、農業が多い。
ベトナム政府の政策動向
本章では、ベトナム政府のCO2排出対策に関する政策を紹介していく。
CO2排出目標
ベトナムでは近年、2020年環境保護法、書簡No.30/TB-VPCP、政令06/2022/ND-CPなど、CO2排出量削減のための政策が多く発表されている。
2020年環境保護法
2020年11月17日、ベトナム国会は2020年環境保護法を可決した。この政策は、気候変動に関するパリ協定の下でのCO2排出削減に対するベトナムのコミットメントを強化することが期待される。この法律は、COVID-19以降の回復において、再生可能エネルギーの潜在力をさらに開発し、低炭素発展モデルへの転換を奨励する。
書簡No.30/TB-VPCP
COP26後、ベトナム政府は温室効果ガスの排出量を削減するために行動を起こした。2022年1月30日に、ベトナム政府はCOP26 で宣言した「2050年までのゼロカーボン(カーボンニュートラル)」を実現するために「書簡No.30/TB-VPCP」を公布した。また、温室効果ガスの排出削減量を観察する運営委員会も設立した。
政令06/2022/ND-CP
2022年1月7日、ベトナム政府は温室効果ガス排出削減とオゾン層の保護に関する政令06/2022/ND-CPを公布した。具体的には、2027年末までに、炭素クレジット管理および炭素クレジット取引所に関する規制を策定する予定である。2028年からは、公式な炭素クレジット取引所が運営される予定である。
CCS/CCUSに関する政策動向
2022年8月現在、ベトナム政府は、CCS/CCUSプロジェクト開発に関する具体的な方針を定めていない。しかし、2050年までにカーボンニュートラルを目指し、CO2排出量削減のための法律を整備し、2028年から、公式な炭素クレジット取引所が運営される予定である。これらは今後のCCS/CCUSプロジェクトの開発にとって有利な条件となる。また、ベトナムは大規模なCO2貯留能力を有しており、CCS/CCUSプロジェクトの開発する可能性がある。
2022年8月現在、ASEANはCCS/CCUSプロジェクト開発のために多くの政策を提案している。ベトナムはASEANの一員として、将来的にCCS/CCUSを開発する機会がある。ASEANのCCS/CCUS開発に関連する政策は以下の通りである(International Energy Agency (IEA)の情報による)。
- 2021年6月、Asia CCUS Networkが設立され、CCUS開発におけるコラボレーションを支援、2030年からのASEANにおけるCCUSプロジェクトの商業化をめざす。
- 2020年11月、ASEANエネルギー大臣会合は石炭からの排出に対処するための重要な技術としてCCUSを挙げた。
- 2020年11月、ASEAN Plan of Action for Energy Cooperation (APAEC)は ASEAN地域におけるCCUS展開の一般的な政策方針を提示した。
CCS/CCUSに関する代表的な企業の動き
ベトナムでは、CCS/CCUSの開発を計画している企業として、Vietnam Oil and Gas Group(PETROVIETNAM。以下PVN)がある。PVNは、ベトナムの石油・ガス業界をリードする企業である。
2021年11月18日、PVNとAsian Development Bank(ADB)は、PVNにおけるクリーンおよび再生可能エネルギー開発を促進するため、2021年から2024年の期間における戦略的パートナーシップの確立に関する覚書に調印した。 PVNとADBは、CCUSプロジェクトの戦略やロードマップなど、PVNとADBの協力活動の基盤を構築した。ADBはPVNに対し、政策、技術支援、資金援助等の支援を行うことができる。
また、2022年2月16日、ベトナムとオーストラリアの定期対話を通じて、PVNはオーストラリア大使館と、CCS/CCUSなどのクリーンエネルギー事業におけるPVNとオーストラリアのエネルギー企業の開発協力について協議した。オーストラリア大使は、オーストラリアだけでなく、オーストラリアの企業も低排出量の目標達成のためにPVNを協力・支援する用意があると述べた。
まとめ
ベトナムは現時点で、CO2排出量削減の成果はまだ見られない。一方で、2050年までのカーボンニュートラルを実現するために、ベトナム政府は多くの政策を導入している。
世界中で実施されているCCS / CCUSプロジェクトはベトナムにおいても有望で、CSS/CCUS施設は増え続けることが見込まれてる。 ベトナムは、本レポートで解説したようなCCS/CCUS技術を始めとする、様々な方策でCO2排出量を減らそうとしている。具体的には再生可能エネルギーの促進やカーボンプライシングの整備・拡張である。これらの分野は、企業の技術輸出や排出権取引への参加など、日本の投資家にとっても有望である。一方で、これらの先進分野は法整備があまり進んでおらず、グレーゾーンが多い。参入を検討する際には、専門家を交えて戦略を立てることが望ましい。
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