はじめに
ベトナムの不動産業界は、今後特に大きく発展する可能性が高い業界の一つである。ベトナムでは人口が増加し続けており、不動産の需要は下がりにくい。2022年現在のベトナム人口は約1億人で、2040年前後には日本の人口を追い抜くと予測されている。
また、都市人口比率の上昇や富裕層・中間層の増加など、実際の不動産需要は人口増分以上に加速度的に増加していると考えられる。
本レポートでは、最新のベトナム不動産業界の法規制、市場規模、不動産の分類、主要プレイヤーなどを網羅的に紹介・考察していく。
ベトナムおける不動産の外資規制
ベトナムにおける不動産への外資規制は、土地と建物とで大きく異なっている。外国人および外国法人の名義で不動産を所有することやその不動産の用途に対して、規制がかけられている。以下で各規制を概観する。
土地
ベトナムにおいて土地は国が所有する公財産であると定められているため、個人や企業が土地を所有することはできない。個人や企業が土地を利用する場合は、国からその土地の「土地使用権(Land Use Right)」を得る必要がある。
また、土地使用権はレッドブックと呼ばれる「土地使用権証明書(Land Use Right Cerificate : LURC)によって証明される。つまり、日本でいうところの「土地を売買」するというのは、ベトナムでは「土地使用権を売買」していることになる。
建物
土地の上に建設される建物については、土地とは異なり外国人投資家でも「所有」する権利がある。外資系企業でもベトナム企業と同じように建物を購入することができる。しかし、外資系企業は、自社購入したマンションやビルなどの賃貸を行うことを認められておらず、ベトナム企業から建物の賃貸・リースを受けた場合は、その建物を第三者に転貸・サブリースすることが認められている。
また、自己出資で土地の上に新たに建物を建設し、その建物を販売、賃貸、リースすることは外資系企業にも認められている。
市場規模
業界団体の「ベトナム不動産協会」の情報によると、2020年現在、ベトナム経済全体に占める不動産セクターの市場規模の割合は20.8%となり、その規模は2052.6億ドルである。2030年までに、ベトナムの不動産市場の規模は5倍以上の1兆2,320億ドルに達し、ベトナムのGDPの22%を占めると予測されている。
ベトナムにおける不動産の種別
以下では、ベトナム市場における不動産の各種別と概要を一覧している。
土地
土地は典型的な不動産の一種である。特にベトナムでは土地価格の増加率が大きいため、不動産投資家にとっても土地は魅力的な投資対象となっている。投資家からの目線に立つと、ベトナムの土地は、「(使用用途が定まっていない)自由な用途に使える土地」と「不動産プロジェクト用地」の2種類に分けられる。後者の「不動産プロジェクト用地」は、すでに当該土地が住宅・工場・商業用ビル等に用途が指定されている土地を指す。これらの2種類の土地への投資に関する法律や購買手続が異なるが、土地の取引や分譲等に関する法律が「グレーゾーン」が多く存在している。
外資系企業の土地使用権取得の方法
外資系企業は民間から購入する方法での土地使用権取得はできない。そのため、原則はベトナム政府から直接割当・リースを受けるか、ベトナム資本の民間企業からからサブリースを受ける方法がある。
また、土地使用権を有するベトナム企業から現物出資を受ける方法や、土地使用権が含まれる不動産プロジェクトそのものの譲渡を受ける方法等もある。
マンション
ホーチミン市やハノイ市でマンション供給量が少なかった頃、多くの投資家が多くの投資家がマンションを購入し、賃貸に出す、または値上がりした頃を見計らって売却したり等の投資活動が行われていた。しかし、こうした一部投資家によるマンションの「買い占め」は不動産価格の不自然な上昇を招く。その結果、都市部ではマンション価格が庶民の手が届かない価格帯まで値上がりしてしまい、かえって需要の低下を招いてしまうという現象が起きている。
また、インフレの亢進や不良債権の増加を抑えるため、ベトナム中央銀行は各金融機関に対して貸出の総量規制や単一の顧客に対する大口融資規制を設け、クレジットの引き締めを図っている。これにより、信用力のない個人が住宅ローンを組むことが難しくなり、需要の低下に繋がっている。
とはいえ、ホーチミンやハノイ以外の衛星都市(ハノイ市の南にあるフンイエン省、ホーチミン市の北にあるドンナイ省等)では価格上昇も一定内に収まっており、需要も依然として高い。
戸建て
ベトナム人にとって、戸建ては最も人気な不動産である。なぜなら、建物に加えて建物が立つ土地の使用権も一緒に購入することができるからである。また、多くのベトナム人にとって、お金を貯めて自分の戸建てを持つというのは人生の目標の一つになっている。
戸建ての価格上昇率が最も高いのは、やはりホーチミン市やハノイ市等の都市部にある物件である。だが、都市部の戸建て物件は価格も相当に高いため、中心部の物件を購入できるのは、かなり大きな資金を持っている一部の富裕層に限られている。
ホテル・リゾート(観光・旅行不動産)
ベトナムの観光地にあるホテルやリゾート等の「観光不動産」への投資は、事業収益による安定的な収入が確保できるとともに、コロナ禍の収束によりベトナムの観光産業もさらに発展すると考えられることから、近年人気の不動産となっている。
この形態の不動産はハノイ市、ホーチミン市等の都市部の他に、ビーチリゾートが多くあるダナン市、ニャチャン市(カインホア省)等での開発が多い。
墓地
墓地は最近注目を集め始めた新しいタイプの不動産である。しかし、墓地の不動産は今後大きく発展することが予測される。
ベトナム人は、故人は死後に天界に行くと考えている。死後の世界で、故人が広く綺麗な家に住むことが出来るように、死後は広く綺麗な墓地に埋葬されるべきであるというベトナム人の死生観がある。これにより、綺麗な墓地は常に需要が高い。
工業団地・工業用不動産
ベトナム政府はベトナムを「世界の工場」にしたいという方針を明らかにしており、工業団地や工業用不動産の開発を強力に推し進めている。AppleやSAMSUNGといったグローバル企業の製造工場が相次いで進出する等、ニーズも常に高い状況である。
しかし、工業団地・工業用不動産への投資は、電気、上下水道等の工業用インフラ設備、広大な土地等を揃えるための巨額の投資資金が必要である。そのため、個人投資家がこうした大規模な投資を行うことは不可能であり、ベトナムで工業団地を開発している会社の殆どは元国営企業であるという現状がある。
Condotel(コンドテル)
コンドテルは、コンドミニアム(マンション)とホテルを組み合わせた造語であり、ホテルのように他人に貸すことを想定して設計されたコンドミニアムである。コンドテルには冷蔵庫やキッチン設備等の家具が備え付けられており、利用者は1日~数カ月といった好みの滞在期間で、その部屋で暮らすことが出来る。通常のホテルとコンドテルの違いは、ホテルが一つの個人・団体によって所有・運営されるものであるのに対して、コンドテルは分譲マンションのように各部屋にオーナーがおり、オーナーが自由にホテルとして貸し出すことができるという点である。
ホテルのように建物一式に投資するという方法ではないため、少ない資金から始められる観光不動産への投資として注目を集めている。
Officetel(オフィステル)
オフィステルは、オフィスとホテルを組み合わせた物件である。多目的マンションモデルとして、利用者はオフィスとして部屋を使うこともできるし、そのまま住居としても使うことが出来る。ベトナムではマンションを事務所として会社設立登記をすることができないが、オフィステルであれば事業用として使用することが認められ、会社設立登記の住所にも利用できる。
Shophouse(ショップハウス)
ショップハウスは、ショップ(店舗)とハウス(住宅)が組み合わさった物件であり、1階部分が店舗、2階以上が住居として利用される。
ベトナムでは1階部分で雑貨店や飲食店を営み、2階部分が家になっている形態の住居は従来から一般的である。最近ではビングループ等の大手不動産ディベロッパーが、近代的なショップハウスの開発プロジェクトを進めており、投資対象としても注目を集めている。ショップハウスの所有者は1階部分で事業を行うこともできるし、店舗としてレンタルすることも可能である。
2022年の不動産市場の状況
本章では2022年現在におけるベトナム不動産業界のトレンドを解説する。
低所得者向けの住宅の不足
低所得者向けの住宅の確保は、ベトナム政府の大きな課題である。多くの不動産ディベロッパーは利益の大きい高所得者向けの高級住宅の開発に注力しているため、低価格帯の住宅供給が少ない現状が生まれてしまっているためである。
しかし、たとえ不動産ディベロッパーが低所得者向けの住宅を開発したとしても、そもそも土地使用権価格が収入と比較して高いため、販売価格を大幅に下げることは難しいだろう。
しかし、これは社会の安定や治安に緊密な関係がある課題であるため、ベトナム政府は何とか解決の糸口を探している状況だ。不動産最大手のVinhomes は今まで高級不動産の開発に注力していたが、今後は政府の指導にもしたがい、低所得者向けの住宅街やマンションを開発する計画も発表した。
産業用不動産の需要拡大
中国一極集中のリスク回避のために、ベトナムへ工場を移管する外資系企業が増えている。そのため、倉庫及びロジスティクス・産業用不動産のニーズが急増している。そのため、この分野ではBECAMEX、TIN NGHIAやSONADEZI 等の国営系企業が開発を主導してきた。しかし、近年のニーズの拡大により、民間企業がこの分野に参入しつつある。
また、産業用不動産の開発には多額の資金が必要である。この開発資金調達のため、ベトナム不動産ディベロッパーが海外からの資本を調達するトレンドもみられる。
主要なプレイヤー
この記事では、5つのベトナムの不動産大手企業を紹介する。以下に紹介される企業は実施する案件が多いだけではなく、資金、土地や案件の開発能力が高い企業をピックアップしている。
Vinhomes (ビンホーム)
ビンホームの基本情報
設立年 | 2008 |
本店所在地 | ハノイ市 |
HP | www.vinhomes.vn |
資本金(2022) | 43,544 Bil VND |
2008年にBIDV-PP都市株式会社という社名で設立された現在のVinhomesは、国内最大コングロマリットであるVinGroupの子会社である。 Vinhomesは、国内全土で開発プロジェクトに関与することで、親会社の不動産事業の顧客や関係企業と緊密な関係を持ち、VinGroupのエコシステムによる多くの利点を享受している。主な事業分野は、中級および高級分野の多目的住宅用不動産の開発、販売、運営である。
ビンホームの特徴
Vinhomesが国内不動産業界トップに君臨している要因として、以下の点が挙げられる。
- 今後のベトナム経済を牽引する高収入・若年層の家庭をターゲットとしている。
- 核家族のライフスタイルに適した、スマートな設計、小面積、モダンな設備を整えた住宅の開発に注力している。
- 国内最大コングロマリットの強みを活かし、住宅(Vinhomes)、医療(Vinmec)、教育(Vinschool)、小売(Vincom)など複合的な不動産開発を行う。
- Vingroupの一員であるネームブランドが広く認知されているため、購入者からの信頼感が高く、販売力も高い。
NOVALAND(ノバランド)
ノバランドの基本情報
設立年 | 2007 |
本店所在地 | ホーチミン市 |
HP | www.novaland.com.vn |
資本金(2021) | 10,817 Bil VND |
Novaland Groupは規模的にはVinhomesに次ぐ大手不動産ディベロッパーであり、主に南部で事業展開している。これまで開発したプロジェクトの大半が南部のホーチミン市内である。M&Aによる事業用地取得、外部企業による開発、自社よる販売を戦略としている。またプロジェクトのラインナップも幅広く、住宅の他に工業団地や観光不動産(リゾート等)の開発も行っている。
ノバランドの特徴
- 売上は主にコンドミニアム、オフィステル(住居機能とオフィス機能を合わせ持つ物件タイプ)、商業施設の開発・販売収益が90%以上を占め、残りは賃貸住宅・商業施設など賃貸物件による家賃収入である。
- 自社主導のプロジェクト開発以外に、他社未完成プロジェクトを買収により引き継ぎ、開発するケースも多い。メリットとしては、開発事前調査が不要となり、別のプロジェクトに資金を回せる点にある。
- Novalandのホームグラウンドであるホーチミン市でも他社との競争が激化しているため、バリア・ブンタウ市、カントー市、カインホア省等で1,000Ha超のリゾート開発を実施している。
Khang Dien House(カンディン・ハウス)
カンディン・ハウスの基本情報
設立年 | 2001 |
本店所在地 | ホーチミン市 |
HP | www.khangdien.com.vn |
資本金(2021) | 6,429 Bil VND |
2001年に設立され、ホーチミン市を中心に開発を行っている。高層マンションの他に、2~3階の低層住宅街の開発実績が多い。
カンディン・ハウスの特徴
- 高い成長が見込まれるホーチミン市のトゥドゥック市、7区などに注力して住宅の開発を行う。
- 特に中級クラスの住宅開発の実績が豊富で、品質の面でも評価が高い。また住宅街の周りの緑地整備、節電設備の設置等、環境にも配慮した住宅開発を行っている。
Nam Long(ナムロン)
ナムロンの基本情報
設立年 | 1992 |
本店所在地 | ホーチミン市 |
HP | www.namlongvn.com |
資本金(2021) | 3,452 Bil VND |
Nam Long社は比較的長い歴史を有する不動産ディベロッパーで、近年ではロンアン省、ドンナイ省、カントー市等、今後大きな経済発展が見込める衛星都市での都市・住宅開発に注力している。
ナムロンの特徴
- 外資系企業との共同プロジェクトに積極的に参加しており、2015年から2021年までの7年間で、阪急阪神不動産や西日本鉄道などの日系企業と9件の共同開発を行った。外資系企業との協力において重要な内部統制の整備、経営の透明性の強化にも力を入れており、今後も日系企業と多くの共同事業を行っていきたい方針を明らかにしている。
- ホーチミン市やハノイ市等の都市部以外における開発案件が多いため、地価もまだ安く、比較的小さな投資コストで開発を行えるというメリットを活かしている。
SONADEZI Chau Duc(ソナデジ・チヤウドック)
ソナデジ・チヤウドックの基本情報
設立年 | 2007 |
本店所在地 | ドンナイ省 |
HP | www.sonadezichauduc.com.vn |
資本金(2021) | 1,000 Bil VND |
Sonadezi Chau Duc社は、ベトナム工業団地開発公社(Sonadezi)の傘下企業で、2007年に設立された。バリア・ブンタウ省のチャウドゥック工業団地を中心に、主にインフラの提供と工業団地のリース事業を行っている。その他、住宅開発、ゴルフコースの運営、物流サービス、港湾開発および廃水処理、環境技術などの幅広い分野で事業展開している。
ソナデジ・チヤウドックの特徴
- 事業エリアは主にバリア・ブンタウ省で、売上割合が大きい事業としては、チャウドゥック工業団地の用地リース(50ha)、省管理下の道路768号線におけるBOT(建設・運営・譲渡)料金徴収、Huu Phuoc住宅開発(40ha)の3事業である。
- チャウドゥック工業団地はカイメップ港からわずか20 kmの場所に位置しているため、製造業などの生産拠点としては非常に適している。今後開港されるLong Thanh空港や国道51号線などへのアクセスも良い。
まとめ
今回はベトナムの不動産市場の動向、および業界における主要プレイヤーについて解説を行ってきた。不動産開発では用地の取得、建設のために多額の資金を必要とするため、共同開発できる外資のビジネスパートナーを欲している地場ディベロッパーも多い。今後不動産セクターへの投資を検討する日本人、日本企業にあたっては、物件だけでなく開発プロジェクトそのものへの投資も視野に入れるべきであろう。
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